血液中の代謝物と脳老化との関係!

私たちの脳は、実際の年齢と同じように老化しているとは限りません。同じ60歳でも、脳の状態がより若い人もいれば、反対に老化が進んでいる人もいます。

今回紹介する研究では、UK Biobankの17,770人を対象として、血液中の代謝物(metabolites)と、MRIから機械学習で推定した脳年齢(brain age)との関係を調べました。

その結果、249種類の血漿代謝物のうち、64種類が脳年齢、77種類が脳年齢ギャップ(brain age gap:BAG)と関連していました。

特に、リポタンパク質、脂肪酸、グルコース、炎症関連マーカー、ケトン体などが脳の老化と関連していました。

つまり、血液中の代謝状態には、脳がどの程度老化しているのかを知るための手がかりが含まれている可能性があることを示した研究です。

🧠 実年齢と「脳年齢」は同じではない

私たちは通常、「年齢」といえば生まれてから何年経ったかという暦年齢(chronological age)を考えます。

しかし、体の老化速度には個人差があります。これは脳についても同じです。

そこで近年注目されているのが、MRIなどの情報から脳の老化状態を推定する脳年齢(brain age)です。

例えば、実年齢が60歳でも、MRIから推定された脳年齢が65歳であれば、「実年齢よりも脳の老化が進んでいる可能性がある」と考えられます。

この差を表す指標が脳年齢ギャップ(brain age gap:BAG)です。

BAG = 推定された脳年齢 − 実年齢

たとえば、

実年齢60歳 − 脳年齢65歳 → BAG=+5歳

となります。

BAGがプラスであるほど、実年齢から期待される状態よりも脳の老化が進んでいることを意味します。逆にBAGがマイナスなら、実年齢より若い脳の特徴を持っていると解釈できます。

🔬 1万7千人以上のデータから脳の老化を調べた

今回の研究には、UK Biobankに参加している40~69歳のうち、慢性脳疾患のない17,770人が含まれました。

研究開始時に採取された血液から、核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)を用いて249種類の血漿代謝物を測定しています。

対象となった代謝物には、
・コレステロール
・リポタンパク質
・脂肪酸
・アミノ酸
・ケトン体
・グルコース

などが含まれています。

そして興味深いのは、血液を採取した直後のMRIではなく、平均約9年後に撮影されたMRIを利用している点です。

ただし、この点は「9年間の代謝物の変化と脳の変化を追跡した」という意味ではありません。

基本的には、ベースライン時の代謝物と、その後に1回測定された脳年齢との関連を調べた研究です。

🧲 6種類のMRIから脳年齢を推定

この研究の大きな特徴は、脳年齢を推定するために非常に多くのMRI情報を利用したことです。

具体的には、
・T1強調MRI
・T2-FLAIR
・SWI
・拡散MRI(diffusion-MRI)
・課題fMRI(task fMRI)
・安静時fMRI(resting-state fMRI)

などの6種類のMRIモダリティから、合計1,079個の画像指標(imaging-derived phenotypes:IDPs)を利用しました。

従来の脳年齢研究では、T1強調MRIから得られる脳体積や皮質厚などを中心に予測する研究も多くあります。

一方、今回の研究では脳構造だけでなく、白質微細構造や脳機能、脳領域間の結合など、さまざまなMRI情報を統合しています。

そのため、単純な「脳の萎縮」だけではなく、脳の構造・微細構造・機能を含めた多面的な老化状態を脳年齢として捉えようとしている点が特徴です。

🤖 LASSO回帰とは?

1,079個ものMRI指標から脳年齢を予測するためには、どの情報が重要なのかを適切に選ぶ必要があります。

そこで研究者らは複数の機械学習(machine learning)モデルを比較しました。

その中で最も良い性能を示したのが、LASSO回帰(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator regression)でした。

LASSO回帰を簡単にいうと、

「たくさんある変数の中から、予測に重要な変数を残しながらモデルを作る方法」

です。

通常の回帰分析に「罰則(ペナルティ)」を加えることで、脳年齢の予測にあまり役立たない変数の回帰係数を小さくし、一部を0にします。

例えば1,000個以上のMRI指標があっても、そのすべてが脳年齢の予測に同じくらい重要とは限りません。LASSO回帰を利用すると、重要な情報を残しながら、複雑すぎるモデルになることを抑えることができます。

今回の研究では、最終的に1,079個の画像指標のうち285個が脳年齢の推定に寄与しました。

予測性能は、
・平均絶対誤差(MAE):3.232歳
・R²:0.690
・Pearsonの相関係数:0.830

でした。

つまり、MRIから比較的高い精度でその人の脳年齢を推定できたことになります。

🩸 血液中の代謝物と脳年齢には関係があった

それでは、血液中のメタボローム(metabolomics)と脳年齢にはどのような関係があったのでしょうか。

249種類の代謝物について調べた結果、64種類が脳年齢と関連し、77種類がBAGと関連していました。

さらに、そのうち55種類は脳年齢とBAGの両方に共通して関連していました。

これは非常に興味深い結果です。

特定の1つの代謝物だけではなく、脂質代謝、糖代謝、炎症、エネルギー代謝などに関係する幅広い代謝物が脳老化と関連していたからです。

🧈 脂質の「量」だけでなく「バランス」が重要?

特に多くの関連がみられたのが脂質関連の指標です。

例えば、小型・中型HDL(S/M-HDL)に含まれる
・コレステロール
・コレステリルエステル
・遊離コレステロール
・リン脂質
・総脂質

などが高いほど、脳年齢が高く、BAGも大きい傾向がみられました。

一方で、VLDL、LDL、HDLなどに含まれるコレステロールやコレステリルエステルについて、総脂質に占める割合が高い場合には、逆に若い脳年齢や小さなBAGと関連するものもありました。

したがって、単純に「HDLが高ければ良い」「コレステロールが高ければ悪い」という話ではありません。

リポタンパク質(lipoproteins)の粒子サイズや、その内部にどの脂質がどの程度含まれているかという詳細な脂質プロファイルが、脳老化と関係している可能性があります。

🫒 脂肪酸の種類によって脳老化との関係が違う

脂肪酸についても興味深い結果が得られています。

高い飽和脂肪酸(saturated fatty acid:SFA)やSFA/FAなどは、より高い脳年齢と関連していました。

一方、リノール酸/総脂肪酸(linoleic acid/total fatty acids:LA/FA)やオメガ6脂肪酸/総脂肪酸(omega-6/FA)などは、より若い脳年齢と関連していました。

著者らは、多価不飽和脂肪酸が神経新生や神経可塑性、神経伝達物質代謝などに関係する可能性を議論しています。

ただし、この研究は観察研究です。そのため「特定の脂肪酸を摂取すれば脳が若返る」と結論づけることはできません。

🍬 血糖値が高い人ほど「脳年齢」も高い?

非常に分かりやすい結果の一つがグルコース(glucose)です。

血中グルコースが高いほど、脳年齢が高く、BAGも大きいという関連が認められました。

高血糖やインスリン抵抗性は、脳萎縮、白質病変、皮質菲薄化、脳機能ネットワークの異常などと関連することが、これまでにも報告されています。

著者らは、高血糖が脳老化に関係する背景として、糖毒性、インスリン抵抗性、炎症、心血管系への影響などを挙げています。

つまり、糖代謝の健康を維持することは、心臓や血管だけでなく、脳の健康にも重要である可能性があります。

🔥 炎症も脳の老化と関係する

もう一つ注目したいのが、糖タンパク質アセチル(glycoprotein acetyls:GlycA)です。

GlycAはNMRによって測定できる全身性炎症の指標です。

今回の研究では、GlycAが高いほど脳年齢が高く、BAGも大きいという関連が認められました。

慢性的な炎症は加齢に伴って増加することが知られており、神経変性や脳血管障害との関連も指摘されています。

今回の結果は、全身の炎症状態と脳の老化がつながっている可能性を示しています。

⚡ ケトン体は脳に良い?悪い?

興味深いのがケトン体(ketone bodies)です。

今回の研究では、アセト酢酸などのケトン体が高いほど、脳年齢やBAGが高い傾向がみられました。

「ケトン体は脳のエネルギー源になるので良いのでは?」と思うかもしれません。

実際、著者らもこの点について慎重に議論しています。

絶食などの生理的な状況で増加するケトン体は、脳の代替エネルギー源として利用されます。

一方、非絶食時にもケトン体が持続的に高い場合には、インスリン抵抗性などの代謝異常(metabolic dysregulation)を反映している可能性があります。

したがって、「ケトン体が高い=脳に悪い」と単純に考えるべきではありません。

ケトン体が「なぜ高くなっているのか」という代謝状態まで考える必要があります。

🧬 APOE ε4を持っていても関係は同じ?

研究者らはさらに、アルツハイマー病の重要な遺伝的リスク因子であるAPOE ε4についても解析しました。

APOE ε4保有者は、非保有者と比較してBAGがやや大きい傾向を示しました。

しかし、

・LA/FA
・omega-6/FA
・SFA/FA
・large-HDL中のリン脂質割合

などについては、APOE ε4保有の有無による明確な交互作用は認められませんでした。

つまり、一部の脂肪酸やリポタンパク質と脳老化との関係は、APOE ε4という遺伝的リスクの有無にかかわらず存在する可能性があります。

これは重要な結果です。

脳老化には遺伝的要因だけでなく、脂質代謝やエネルギー代謝といった全身の代謝状態も関係している可能性があるからです。

⚠️ 「血液から将来の脳年齢を予測できる」とはまだ言えない

今回の結果は非常に興味深いものですが、解釈には注意が必要です。

第一に、この研究は観察研究です。

代謝物と脳年齢に関連があったとしても、「代謝異常 → 脳老化」という因果関係が証明されたわけではありません。

脳老化につながる別の要因が、同時に代謝物にも影響している可能性があります。

第二に、代謝物はベースラインで測定され、MRIは平均約9年後に実施されていますが、脳MRIを繰り返し撮影して「脳が何年間でどれだけ老化したのか」を測定した研究ではありません。

そのため、この研究が示したのは厳密には脳老化の速度ではなく、後の時点で評価された脳年齢との関連です。

第三に、UK Biobankの対象者は一般人口より健康である傾向があり、今回の対象者も慢性脳疾患のない比較的健康な集団でした。また、大多数が白人であるため、他の人種・民族集団に同じ結果をそのまま当てはめられるとは限りません。

🌟 この研究は何がすごいのか?

この研究の最大の特徴は、

「血液中の代謝物」と「多種類のMRIから機械学習で算出した脳年齢」を大規模集団で結びつけたこと

です。

脳の状態を詳しく評価するにはMRIが非常に有用ですが、MRIは血液検査ほど簡単に実施できるものではありません。

一方、血液中のメタボローム(metabolomics)から脳老化に関連する特徴を捉えることができれば、将来的には脳老化リスクを早期に発見するためのバイオマーカーにつながる可能性があります。

特に今回の研究からは、脂質恒常性(lipid homeostasis)、糖代謝、炎症、エネルギー代謝という複数の代謝経路が脳老化に関係している可能性が浮かび上がりました。

脳の老化は、脳だけで完結する現象ではなく、全身の代謝状態を反映した現象なのかもしれません。

📝 まとめ

今回の研究では、UK Biobankの17,770人を対象として、249種類の血漿代謝物と、1,079種類のMRI画像指標から機械学習で推定した脳年齢との関係が調べられました。

その結果、脂質・リポタンパク質、脂肪酸、グルコース、炎症関連指標、ケトン体、アミノ酸など、幅広い代謝物が脳年齢や脳年齢ギャップ(brain age gap:BAG)と関連していました。

特に重要なのは、脳老化が単に「脳だけの問題」ではなく、全身の脂質代謝・糖代謝・炎症・エネルギー代謝と密接に結びついている可能性を示したことです。

将来的に縦断MRIや因果推論によってこれらの関係が明らかになれば、血液検査によって脳老化のリスクを早期に捉え、予防につなげる研究へ発展することが期待されます。

Li, Y., Wang, J., Miao, Y., Dunk, M. M., Liu, Y., Fang, Z., Zhang, Q., & Xu, W. (2025). Association between plasma metabolomic profile and machine learning-based brain age. Aging Cell, 24, e70208. https://doi.org/10.1111/acel.70208

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