1回のMRI検査で「老化の速さ」がわかる?
この研究では、1回撮影した脳MRI画像から、その人の全身がどのくらいの速さで老化しているかを推定する新しい指標「DunedinPACNI」が開発されました。
DunedinPACNIの値が高く、老化が速いと推定された人ほど、認知機能が低く、海馬の萎縮が速く、将来の認知症、慢性疾患、身体的フレイル、死亡のリスクが高いことが示されました。
従来の「脳年齢」が脳の見た目を実年齢と比較するのに対し、DunedinPACNIは、長期間にわたる身体機能の変化をもとに、老化の到達点ではなく、老化の進む速さを推定することを目指しています。
将来的には、病気になる前のリスク評価や、運動・食事・薬などの抗老化介入が本当に老化を遅らせたかを評価する指標として活用できる可能性があります。
🧓 そもそも「老化の速さ」とは何か?
私たちは通常、年齢を「生まれてから何年たったか」で表します。これは暦年齢と呼ばれます。
しかし、同じ年齢であっても、健康状態には大きな個人差があります。
例えば、同じ70歳でも、活発に運動できる人がいる一方で、複数の慢性疾患を抱え、日常生活に支援が必要な人もいます。
つまり、暦年齢が同じだからといって、身体の老化状態まで同じとは限りません。
老化とは、心臓、血管、肺、腎臓、免疫系、代謝系など、複数の身体システムの機能が長い時間をかけて少しずつ低下する現象です。そして、その低下の速さには個人差があります。
この個人差を表すのが、Pace of Aging、すなわち「老化速度」です。
老化速度を正確に測定できれば、次のような問いに答えやすくなります。
・誰が将来、認知症や慢性疾患を発症しやすいのか
・運動や食事改善によって老化は遅くなったのか
・新しい薬や治療法に抗老化効果があるのか
しかし、老化は何十年もかけて進むため、その速さを測定するには、本来なら同じ人を長期間追跡しなければなりません。
そこで研究チームは、1回の脳MRI画像から老化速度を推定できないかと考えました。
🧠 老化の新たな指標「DunedinPACNI」
DunedinPACNIとは、”Dunedin Pace of Aging Calculated from NeuroImaging”の略で、日本語にすると「神経画像から算出したダニーデン老化速度」という意味です。
この指標の最大の特徴は、通常のT1強調MRI画像を1回撮影するだけで、老化速度を推定できる点です。
このMRI画像は、脳の形や体積を詳しく観察するために、脳画像研究や医療現場で広く使用されています。
そのため、特殊な撮影装置や新しい検査を追加しなくても、既存のMRI画像にDunedinPACNIを適用できる可能性があります。
ただし、DunedinPACNIが直接測定しているのは、時間そのものではありません。
脳の構造に現れた特徴から、長期間の身体的な老化速度を統計モデルによって推定している点には注意が必要です。
🔬 どのようにDunedinPACNIを開発したのか?
研究の基盤となったのは、ニュージーランドで行われているDunedin Studyです。
Dunedin Studyは、1972~1973年に生まれた約1,000人を、幼少期から中年期まで長期間追跡してきた研究です。
参加者がほぼ同じ年齢であるため、世代差や暦年齢の影響を受けにくいという大きな利点があります。
研究チームは、参加者が26歳、32歳、38歳、45歳のときに、次のような19種類の生体指標を繰り返し測定しました。
<心血管・代謝系>
・BMI(Body Mass Index)
・Waist–hip ratio(腹囲・臀囲比)
・HbA1c(糖化ヘモグロビン)
・Leptin(レプチン)
・Mean arterial pressure(平均動脈圧)
・VO₂max(最大酸素摂取量)
・Total cholesterol(総コレステロール)
・Triglycerides(中性脂肪)
・HDL cholesterol(HDLコレステロール)
・Lipoprotein(a)(リポプロテイン(a))
・ApoB100/ApoA1 ratio(アポリポタンパクB100/A1比)
<腎機能>
・eGFR(推算糸球体濾過量)
・Blood urea nitrogen(血中尿素窒素:BUN)
<呼吸機能>
・FEV₁(1秒量)
・FEV₁/FVC(1秒率)
<免疫・炎症>
・High-sensitivity C-reactive protein(高感度CRP)
・White blood cell count(白血球数)
<歯科・口腔>
・Mean periodontal attachment loss(平均歯周付着喪失)
・Dental caries experience(う蝕〈虫歯〉経験)
これらの約20年間にわたる変化から、一人ひとりのPace of Agingを算出しました。
次に、45歳時点で撮影された860人分のT1強調MRI画像を使用しました。
MRI画像からは、次のような315種類の脳構造指標が抽出されています。
・大脳皮質の厚さ
・大脳皮質の表面積
・灰白質の体積
・灰白質と白質の信号強度比
・海馬などの皮質下構造の体積
・脳室の体積
これらの脳構造指標から、実際に観察された老化速度を予測するように、Elastic Net回帰という機械学習モデルを学習させました。
最終モデルには99種類の脳構造指標が含まれ、これによって算出される値がDunedinPACNIです。
🧩 老化が速い人の脳の特徴
DunedinPACNIが示す老化速度は、脳の一部分だけではなく、複数の脳領域に現れる構造的特徴を総合したものです。
老化速度が速い人では、おおむね次のような傾向が認められました。
・大脳皮質が薄い
・大脳皮質の表面積が小さい
・灰白質の体積が小さい
・皮質下灰白質の体積が小さい
・脳室が大きい
これらは、一般的な脳老化や神経変性疾患でも観察される特徴です。
つまりDunedinPACNIは、単一の脳領域だけを測っているのではなく、脳全体に分布する老化パターンを組み合わせて評価していると考えられます。
また、同じ人が短期間に繰り返しMRI撮影を受けたデータを用いて再現性を調べたところ、級内相関係数は0.94でした。これは、撮影を繰り返しても比較的安定した値が得られることを意味します。
🧠 老化が速い人ほど認知機能が低い
研究チームは、DunedinPACNIを開発したデータだけでなく、ほかの大規模研究にも適用しました。
主に使用されたのは、次のデータです。
・アルツハイマー病研究のADNI
・英国の大規模研究であるUK Biobank
・中南米のBrainLat
ADNIでは1,737人、UK Biobankでは42,583人、BrainLatでは369人のMRI画像からDunedinPACNIが算出されました。
その結果、DunedinPACNIが高く、老化が速いと推定された人ほど、記憶や情報処理速度、実行機能、さらには全般的な認知機能が低いことが示されました。
さらに、金銭管理や食事の準備など、認知能力を必要とする日常生活動作にも支障が多くみられました。
この結果は、DunedinPACNIが単に脳の形の違いを表すだけでなく、実際の認知機能と関連する指標であることを示しています。
⚠️ 将来の認知症も予測できる?
ADNIの参加者を認知状態別に比較すると、DunedinPACNIは次の順に高くなっていました。
認知機能正常者 < 軽度認知障害の人 < 認知症の人
さらに重要なのは、MRI撮影時点では認知機能が正常だった人についても、DunedinPACNIが将来の認知機能低下と関連していたことです。
研究開始時に認知機能が正常だった624人を最長16年間追跡したところ、DunedinPACNIが高い人ほど、軽度認知障害または認知症を発症しやすいことが分かりました。
統計的には、DunedinPACNIが1標準偏差高くなるごとに、軽度認知障害または認知症へ移行するハザードが1.49倍になりました。
また、上位10%に該当する人は、平均的な人と比べて発症リスクが61%高いと推定されています。
軽度認知障害があった人についても、DunedinPACNIが高いほど、その後に認知症へ移行しやすいという結果でした。
ただし、これはDunedinPACNIだけで個人の認知症発症を確実に予測できるという意味ではありません。
あくまで集団レベルで、将来のリスクと統計的に関連したという結果です。
📉 海馬の萎縮速度とも関連
海馬は、記憶に重要な役割を果たす脳領域です。
アルツハイマー病などでは、海馬の萎縮が進行することが知られています。
研究チームは、複数回MRI撮影を受けた参加者について、最初に測定したDunedinPACNIが、その後の海馬萎縮を予測するか検証しました。
その結果、DunedinPACNIが高い人ほど、その後の海馬体積が速く減少していました。
この関連はADNIとUK Biobankの両方で確認されています。
ここで重要なのは、DunedinPACNIが現在の海馬体積だけではなく、将来どのくらい速く海馬が萎縮するかとも関連した点です。
単一時点のMRI画像に、将来の脳変化に関する情報が含まれている可能性を示す結果といえます。
❤️ 脳画像から全身の健康状態まで分かるのか?
DunedinPACNIは脳画像から計算されますが、その関連は脳の健康だけにとどまりませんでした。
UK Biobankでは、DunedinPACNIが高い人ほど、次のような特徴がみられました。
・身体的フレイルが強い
・自分の健康状態を悪いと評価する
・心筋梗塞、脳卒中、認知症、慢性閉塞性肺疾患などを多く経験している
・将来、新たな慢性疾患を発症しやすい
・死亡リスクが高い
MRI撮影時点で対象となる慢性疾患がなかった約4万人を追跡した解析では、DunedinPACNIが高い人ほど、その後に慢性疾患と診断される可能性が高くなりました。
また、UK Biobankの42,583人のうち、追跡期間中に757人が死亡しました。DunedinPACNIが1標準偏差高くなるごとに、全死亡ハザードは1.32倍となりました。上位10%の人は、平均的な人より死亡リスクが少なくとも41%高いと推定されています。
この結果は、脳の構造が脳だけの状態を表すのではなく、全身の老化過程を反映している可能性を示しています。
🧑🤝🧑 社会経済的な格差も老化速度に表れていた
この研究では、教育歴や所得とDunedinPACNIの関係も調べられました。
その結果、教育歴が短い人や所得が低い人ほど、DunedinPACNIが高い傾向が認められました。
社会経済的な環境は、次のようなさまざまな経路を通じて健康に影響します。
・医療へのアクセス
・食生活
・運動環境
・労働環境
・心理的ストレス
・住居や生活環境
・喫煙や飲酒などの健康行動
今回の研究だけでは、教育歴や所得が直接脳老化を速めると断定することはできません。
しかし、社会的な不利益の積み重ねが、脳構造を通じて捉えられる可能性を示した点は重要です。
🌎 中南米のデータでも結果が再現された
脳画像を用いた予測モデルには、学習に使った集団と異なる人種・地域の集団に適用すると、精度が低下する問題があります。
DunedinPACNIの開発に用いられたDunedin Studyの参加者は、主にニュージーランドのヨーロッパ系住民でした。
また、ADNIやUK Biobankにも、比較的社会経済的に恵まれた参加者が多いという偏りがあります。
そこで研究チームは、アルゼンチン、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルーの成人369人を含むBrainLatデータでも検証しました。
その結果、アルツハイマー病または行動型前頭側頭型認知症の患者は、健康な対照者よりDunedinPACNIが高いことが確認されました。
また、DunedinPACNIが高い人ほど、MoCAによる認知機能得点が低いことも示されました。
ただし、369人というサンプルはADNIやUK Biobankより小規模です。
異なる人種、国、社会経済的背景を持つ集団への一般化については、さらに検証する必要があります。
🕰️ 従来の「脳年齢」と何が違うのか?
MRIを使った老化研究では、これまでBrain Age Gap(脳年齢ギャップ)が広く使用されてきました。
脳年齢では、多数の人のMRI画像と暦年齢の関係を機械学習に学習させ、その人の脳が何歳相当に見えるかを推定します。
例えば、実年齢が60歳で、脳年齢が65歳と推定された場合、脳年齢ギャップはプラス5歳です。
一般的には、実年齢より脳年齢が高いほど、脳老化が進んでいると解釈されます。
一方、DunedinPACNIが学習したのは暦年齢ではありません。
26~45歳まで繰り返し測定された全身の生体指標から求めた、実際の老化速度です。
両者の違いを簡単に表すと、次のようになります。
| 項目 | Brain Age Gap(脳年齢ギャップ) | DunedinPACNI |
|---|---|---|
| 主に評価するもの | 脳が実年齢より老けているか(脳の見た目の年齢) | 全身の老化がどのくらいの速さで進んでいるか(老化速度) |
| 教師データ(学習データ) | MRI画像+暦年齢 | MRI画像+約20年間追跡した19種類の全身バイオマーカーから算出したPace of Aging |
| 学習対象 | 暦年齢(Chronological age) | Pace of Aging(全身の老化速度) |
| MRIデータ | 多数の被験者の単一時点MRI | Dunedin Study参加者860名の45歳時T1強調MRI |
| 教師ラベルの作り方 | 実年齢をそのまま教師ラベルにする | 26・32・38・45歳で測定した19種類のバイオマーカーから約20年間の老化速度を算出し、それを教師ラベルにする |
| 特徴 | 「脳が何歳に見えるか」を評価 | 「身体がどれくらいの速さで老化しているか」を脳MRIから推定 |
実際、DunedinPACNIと脳年齢ギャップの相関は弱いものでした。これは、両者が同じものではなく、老化の異なる側面を捉えていることを意味します。
認知機能、海馬萎縮、フレイル、慢性疾患、死亡などとの関連では、DunedinPACNIは脳年齢ギャップと同等か、それ以上に強い関連を示しました。
また、2つを組み合わせることで、健康転帰の予測が改善する場合もありました。
したがって、DunedinPACNIは脳年齢に置き換わる指標というより、脳年齢を補完する新しい指標と考えるのが適切です。
💡 この研究の新規性
本研究の新規性は、主に3点あります。
1.1回のMRIから老化速度を推定した
本来、老化速度を直接測定するには、同じ人を何年も追跡する必要があります。
DunedinPACNIは、長期追跡によって得られた老化速度と脳構造の関係を学習することで、単一時点のMRIから老化速度を推定できるようにしました。
2.中年期の脳画像から高齢期の健康リスクを捉えた
モデルの開発に用いられたMRIは45歳時点のものでした。それにもかかわらず、その特徴は、より高齢の集団における認知症、海馬萎縮、慢性疾患、死亡などと関連していました。
これは、臨床症状が明確になる前の中年期から、老化速度の個人差が脳に現れている可能性を示します。
3.脳と全身の老化を結び付けた
脳画像から計算された指標が、認知機能だけでなく、フレイル、慢性疾患、死亡とも関連しました。
この結果は、脳と身体の老化が独立した現象ではなく、相互に関連した全身的なプロセスである可能性を支持しています。
⚖️ この研究の限界と注意点
DunedinPACNIは有望な指標ですが、現時点で病院の検査として使用できる段階ではありません。
1.対象者の偏り
Dunedin Study、ADNI、UK Biobankの参加者は、主にヨーロッパ系です。
また、ADNIとUK Biobankには、社会経済的に比較的恵まれた人が多く含まれています。
BrainLatで一定の再現性が示されましたが、アジア人を含む、より多様な集団での検証が必要です。
2.因果関係は分からない
DunedinPACNIは、脳構造と全身の老化速度の相関を利用した指標です。
全身の老化が脳を変化させるのか、脳の老化が全身に影響するのか、あるいは生活習慣や遺伝的要因などの第三の要因が両方を引き起こしているのかは、この研究だけでは判断できません。
3.絶対的な基準値がない
DunedinPACNIは、現時点では同じ研究データ内で、誰が相対的に速く老化しているかを比較するための指標です。
異なる研究施設やMRI装置から得られた数値を、そのまま比較することはできません。臨床応用には、「この値以上なら老化が速い」と判断できる標準値や基準範囲を整備する必要があります。
🚀 この研究の展望
DunedinPACNIには、主に次のような応用が期待されます。
第一に、認知症や慢性疾患を発症する前に、老化が速い可能性のある人を発見することです。
第二に、運動、食事、睡眠改善、薬物治療などによって老化速度が変化したかを評価することです。
第三に、臨床試験の評価指標として使用することです。寿命そのものを研究の評価項目にすると、結果が出るまで数十年かかります。老化速度を短期間で評価できれば、抗老化介入の研究を効率化できる可能性があります。
ただし、DunedinPACNIは1回のMRIから推定する指標であり、繰り返しMRIを撮影して脳の変化を直接測定する方法を置き換えるものではありません。
著者らも、現時点では研究用のバイオマーカーであり、臨床応用にはさらなる検証が必要だと述べています。
📝 まとめ
本研究では、1回のT1強調MRI画像から全身の老化速度を推定する新しい指標、DunedinPACNIが開発されました。
DunedinPACNIが示す老化速度が速い人ほど、認知機能が低く、海馬の萎縮が速く、将来的に認知症や慢性疾患を発症しやすいことが示されました。さらに、身体的フレイルや死亡リスクとも関連していました。
従来の脳年齢が「脳が何歳に見えるか」を評価するのに対し、DunedinPACNIは「身体がどのくらいの速さで老化しているか」を脳画像から捉えようとする指標です。
まだ個人の診断に使える段階ではありませんが、病気が発症する前のリスク評価や、抗老化介入の効果判定に利用できる可能性があります。
この研究は、脳MRIを単なる脳疾患の検査ではなく、全身の老化状態を映し出す窓として利用できる可能性を示した重要な成果です。
Whitman, E. T., Elliott, M. L., Knodt, A. R., Abraham, W. C., Anderson, T. J., Cutfield, N. J., Hogan, S., Ireland, D., Melzer, T. R., Ramrakha, S., Sugden, K., Theodore, R., Williams, B. S., Caspi, A., Moffitt, T. E., & Hariri, A. R. (2025). DunedinPACNI estimates the longitudinal pace of aging from a single brain image to track health and disease. Nature Aging, 5, 1619–1636. https://doi.org/10.1038/s43587-025-00897-z
