アルツハイマー病の“予防”の現状

「アルツハイマー病は、年を取ってから起こる病気」
そう思っていませんか?

実は最新の研究では、症状が出る何十年も前から、脳の中では静かに変化が始まっていることが分かってきました。
今回ご紹介するのは、2025年にハーバード医科大学で開催された国際シンポジウムをまとめた論文で、アルツハイマー病予防の考え方を大きく変える内容が示されています。

🔍 「症状が出てから」では遅すぎる理由

アルツハイマー病の最大の問題は、症状が出たときには、すでに脳のダメージがかなり進んでいることです。

記憶力の低下や判断力の衰えが現れる頃には、アミロイドβタウ蛋白といった異常タンパク質が、脳内に長年蓄積しています。

近年の研究から、これらの変化は20〜30年以上前から始まっていることが明らかになってきました。
つまり、アルツハイマー病は「突然起こる病気」ではなく、長い時間をかけて進行する脳の病気なのです。

🩸 血液検査で「脳の異変」が分かる時代へ

これまでアルツハイマー病の診断には、

・脳脊髄液検査

・PET検査

が必要でした。
しかし、最近注目されているのが血液バイオマーカーです。

特に重要なのが『pTau217(リン酸化タウ217)

この物質は、脳で起きているアルツハイマー病の初期変化を、血液から高精度で捉えられることが分かってきました。

✔ 採血だけ
✔ 身体への負担が少ない
✔ 大人数の検査が可能

これにより、「症状が出る前にリスクを知る」ことが現実的になりつつあります。

🧬 1つの指標では足りない?

論文で繰り返し強調されているのが、「1つの検査だけでは、脳の老化は語れない」という点です。

アルツハイマー病のリスクには、

・遺伝(APOEなど)

・栄養状態

・脂質・代謝

・血管の健康

・運動習慣

・社会的つながり

など、さまざまな要因が重なって関与します。

そこで重要になるのが、『マルチモーダル(多角的)評価

血液、脳画像、遺伝情報、生活習慣を組み合わせることで、「誰が、どのくらいのスピードで脳老化が進むか」をより正確に予測できるようになります。

🧈 食事と脂質が「脳の若さ」を左右する?

意外に思われるかもしれませんが、脳の健康は“脂質”と深く関係しています。

研究では、

・オメガ3脂肪酸

・脂質代謝

・ミエリン(神経の絶縁体)

が、脳老化や認知機能と強く関連していることが示されました。

特に高齢者では、『オメガ3脂肪酸が豊富な人ほど、脳の白質ダメージが少ない』という結果も報告されています。

つまり、脳の老化は「脳だけの問題」ではなく、体全体の代謝・栄養状態の反映なのです。

🤝 孤独は脳を老けさせる?

もう一つ注目すべきポイントが社会的孤立です。

人とのつながりが少ない状態が続くと、

・脳の脂質代謝が乱れる

・ミエリンが薄くなる

・脳老化が加速する

ことが、人と動物の両方の研究で示されています。

特に男性では、この影響が強く出る可能性も指摘されています。

したがって、「会話」「つながり」「社会参加」も、立派な脳の健康習慣
だと言えるでしょう。

🎯 目指すのは「その人に合った予防」

この論文のキーメッセージは非常にシンプルです。

Right person, Right treatment, Right time
(適切な人に、適切な治療を、適切なタイミングで)

全員に同じ予防法を勧める時代は終わり、

・遺伝的リスク

・生活習慣

・バイオマーカー

を踏まえて、一人ひとりに合った脳老化対策を考える時代が始まっています。

おまけ:現在の課題は何か?

本論文が繰り返し強調しているのは、
「アルツハイマー病(AD)の早期検出と予測は大きく進歩したが、まだ“不完全”である」
という点です。

題は大きく 6つ に整理できます。

① 既存バイオマーカーでは“半分”しか説明できない:現在最も有力な血液・画像バイオマーカー(アミロイドβ、pTau217など)は、認知機能低下の約50%程度しか説明できておらず、残り半分の脳老化・認知低下の要因が未解明となっています。

② 単一指標では脳老化を捉えきれない:1つのバイオマーカーでADを予測することは難しく、遺伝や栄養、社会的要因など様々な要因を、マルチモーダル(多層的)に評価することが不可欠とされています。

③ 人種・民族差の「理由」が分かっていない:血液バイオマーカー値は人種・民族によって有意に異なりますが、その生物学的メカニズムが未解明である点が挙げられています。例として、黒人・アジア系・ヒスパニックでは、アミロイドやタウのレベルが低い傾向が報告されており、それが「本当にリスクが低い」のか「異なる病態経路なのか」は分かっていないと明言されています。

④ 研究参加者の多様性がまだ不十分:現在の多くのAD研究が「白人」、「高学歴」、「高所得層」に偏っていることが問題視されています。そのため、バイオマーカーのカットオフ値やリスク予測モデルが一部の集団にしか当てはまらない可能性があります。つまり、公平(equitable)な診断と予防のために、多様な集団を含むコホートが必須となります。

⑤ 脳老化そのものを測る「統一指標」がない:『脳老化を定量的に評価する標準指標が存在しない』という点も重要な課題です。現在は、MRI検査や血液マーカー、認知検査がバラバラに使われており、臨床で使える「脳老化スコア」のようなものがないと指摘されています。

⑥ 🛠️ 安価でスケーラブルな評価ツールが不足:最後の課題は実装(implementation)です。PET検査は高価、CSF検査は侵襲的、高度解析は研究施設向けなどの問題があり、一般診療や予防医療に使えるツールがまだ不足しています。

✨ 次にやるべきこと

これらの課題を乗り越えるために:

◇ マルチモーダル統合

◇ 多様性を重視した研究

◇ 脳老化の統一指標の開発

◇ 血液ベースで安価な評価系

が次世代の脳老化研究の核心になると結論づけられています。

まとめ:アルツハイマー病は「防げる未来」へ

✔ 症状が出る前から始まる
✔ 血液検査でリスクが分かる
✔ 食事・運動・社会参加が鍵
✔ 個別化予防が重要

アルツハイマー病は、もはや「どうしようもない病気」ではありません。
早く気づき、正しく対処すれば、進行を遅らせる未来が見え始めています。

de Magalhães, C. G., Moldakozhayev, A., Lopez, M. V., Bowman, G. L., Chhatwal, J. P., Kellis, M., Mohs, R., Nisenbaum, L., Quiroz, Y. T., Raju, R. M., Sperling, R. A., Moqri, M., & Gladyshev, V. N. (2026). The right person, the right treatment, at the right time in Alzheimer’s disease: Insights from the 2025 Brain Aging Symposium. Aging Cell, 25, e70351. https://doi.org/10.1111/acel.70351

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