脳の成長・老化に関連する遺伝子は何か?

「年をとると脳は縮む」「認知症は加齢とともに進む」
そんなイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。
実は最近、脳がどれくらいの速さで変化するか(=老化や成長のスピード)には、
生まれつきの遺伝子が深く関わっていることが、大規模な国際研究で明らかになりました。
今回は、世界15,000人以上の脳MRIを追跡した、脳研究の最前線をご紹介します。
🔍 この研究は何がすごいのか?
この研究の最大のポイントは、
「脳の大きさ」ではなく「脳の変化のスピード」に注目したことです。
これまでの研究では、
「この人の脳は平均より大きい・小さい」
といったある一時点の比較(横断研究)が中心でした。
しかし本研究では、同じ人を何年も追いかけて脳がどれくらいの速さで成長・萎縮するかを調べています。
つまり、脳の「時間の流れ」を捉えた縦断研究なのです。
📊 どんなデータを使ったのか?
研究には、世界中の研究機関が参加し、
・4歳〜99歳
・15,000人以上
・2回以上MRIを撮影
という、これまでにない規模のデータが使われました。
調べた脳の部位は、海馬(記憶)、扁桃体(感情)、大脳皮質(思考)、側脳室(脳の老化指標)など、合計15の脳構造です。
🧬 脳の「老化スピード」を左右する遺伝子が見つかった
解析の結果、脳の変化スピードに関係する遺伝子がいくつも見つかりました。
特に注目されたのが次の3つです。
【 APOE:認知症と深く関わる遺伝子】
APOEは、アルツハイマー病のリスク遺伝子として有名です。
この研究では、若い頃は脳の成長が続く一方で高齢になると脳の萎縮が急激に進みやすいという、年齢によって影響が変わる遺伝子であることが示されました。
「なぜ高齢になると一気に記憶が衰える人がいるのか?」そのヒントがここにあります。
【 DACH1:脳の発達を支える遺伝子】
DACH1は、胎児期や子どもの頃の脳の発達に関わる遺伝子です。
驚くことに、この遺伝子は子どもの脳の成長だけでなく、大人になってからの脳の老化速度にも影響していました。
「発達」と「老化」は、実は同じ遺伝子でつながっている可能性があるのです。
【 GPR139:脳の代謝と関係する遺伝子】
GPR139は、脳内のエネルギー代謝や神経活動に関係する遺伝子です。
この遺伝子は、脳の空間(側脳室)がどれくらいの速さで広がるか(=老化の指標)に関わっていることが分かりました。
🔄 「脳の大きさ」と「脳の変化」は別ものだった
この研究で特に重要なのは、
「脳が大きいかどうかを決める遺伝子と脳がどれくらいの速さで変化するかを決める遺伝子は、ほとんど別だった」
という点です。
つまり、今は健康でも将来どれくらい速く老化するかは、また別の遺伝的仕組みで決まっているということ。
これは、脳老化研究における大きなパラダイム転換です。
🧩 うつ・統合失調症・認知機能ともつながっていた
さらに、この「脳の変化スピード」に関わる遺伝子は、
・うつ病
・統合失調症
・認知機能
・肥満
・喫煙習慣
などとも、遺伝的につながりがあることが示されました。
つまり、心と体、生活習慣と脳の老化は、遺伝子レベルで結びついているのです。
🚀 この研究が私たちに教えてくれること
この研究から分かる最も大切なメッセージは、「脳の老化は、突然起こるものではない」ということです。
発達期から成人期を経て老年期へと、一生を通じた脳の変化の積み重ねが、将来の脳の健康を形作っています。
この研究は、将来的に
・ 脳老化の早期予測
・ 脳の老化スピードを遅らせる治療
・ 個人に合った予防医療(個別化医療)
につながる可能性を秘めています。
「何歳になっても脳は変わり続ける」だからこそ、今の生き方が未来の脳を作るのです。
✨ まとめ
・脳の老化・成長のスピードには遺伝子が関係している
・「脳の大きさ」と「脳の変化」は別の仕組み
・発達と老化は一本の線でつながっている
・縦断MRI研究は、未来の医療を変える鍵になる
Brouwer, R. M., Klein, M., Grasby, K. L., Schnack, H. G., Jahanshad, N., Teeuw, J., et al. (2022).
Genetic variants associated with longitudinal changes in brain structure across the lifespan.
Nature Neuroscience, 25(4), 421–432.
https://doi.org/10.1038/s41593-022-01042-4
