自閉スペクトラム症と“非コード変異”
🧩 自閉スペクトラム症と遺伝子の関係
自閉スペクトラム症(ASD)は、コミュニケーションや社会性、行動の特性に多様性がみられる発達特性です。
これまでの研究から、ASDには遺伝的要因が深く関わっていることが分かってきました。
特に注目されてきたのは、タンパク質を作る「コード領域」の遺伝子変異です。
しかし、遺伝子全体のうち、実はコード領域はわずか1〜2%しかありません。
では、残りの約98%は何をしているのでしょうか?
🔍 「非コード領域」とは何か?
非コード領域とは、タンパク質は作らないけれど、遺伝子の働きを調整する領域です。
イメージすると、
👉コード領域:設計図そのもの
👉非コード領域:「いつ・どこで・どれくらい使うか」を決めるスイッチ
これまでASD研究では、このスイッチ部分の変異は「本当に意味があるのか分からない」として、十分に評価されてきませんでした。
🧪 今回の研究は何がすごいのか?
今回紹介する論文は、
22万個以上の遺伝子変異を対象に、「その変異が本当に遺伝子の働きを変えるのか?」を実験で直接確かめた点が画期的です。
研究チームは、
・ 脳(前頭前野)で使われる遺伝子制御領域に注目
・ AI(深層学習)で重要そうな変異を予測
・ MPRAという大規模実験で、実際に遺伝子の働きを測定
※ MPRA(Massively Parallel Reporter Assay):数千から数万のエンハンサーの機能を、1度の実験で大規模並列的に定量解析することが出来る。
という最先端の手法を組み合わせました。
⚠️ 本当にASDと関係していた変異とは?
その結果、数多くの非コード変異の中で、
本当にASDリスクと関係していたのは、たった一部でした。
特に重要だったのが、
👉 遺伝子の働きを「弱めてしまう」非コード変異
👉 さらに、壊れやすい重要な遺伝子を調節している場合
このタイプの変異を持つ人では、ASDのリスクが約4倍に上昇していました。
これは、これまで知られていた「タンパク質を壊す遺伝子変異」と同じくらい強い影響です。
🧠 なぜ「弱める変異」が重要なのか?
脳の発達に関わる遺伝子の多くは、働きすぎても、働かなさすぎても問題になります。
今回の研究では、「遺伝子の働きを少し下げる」「しかし完全には壊さない」という“微妙な調整ミス”が、ASDの発症につながる可能性が示されました。
これは、ASDは「遺伝子が壊れる病気」ではなく、「遺伝子の使われ方がずれる病気」でもあるという新しい見方を示しています。
🌱 この研究がもたらす未来
この研究は、ASDの理解を大きく前進させました。
期待されるポイントは、
・見逃されてきた原因の発見
・より精密な遺伝学的理解
・将来的な個別化医療・創薬への応用
特に、「非コード領域も病気の主役になりうる」ことを実験で示した意義は非常に大きいと言えます。
📝 まとめ
・ASDには非コード領域の遺伝子変異が深く関与している。
・重要なのは「数」ではなく「実際に機能を変えるか」。
・遺伝子の働きを弱める変異が、ASDリスクを大きく高める。
・ASDは「遺伝子制御の病気」という新しい理解が進んでいる。
Chen, C., Guo, S., Shi, Y., Gu, X., Xu, Z., Chen, Y., Gu, Y., Qin, N., Jiang, Y., Dai, J., He, Y., Han, X., Liu, Y., Hu, Z., Ke, X., & Wang, C. (2025). Massively parallel characterization of non-coding de novo mutations in autism spectrum disorder. Journal of Genetics and Genomics, 52, 1246–1258. https://doi.org/10.1016/j.jgg.2025.07.008
