脳の発達と老化を左右する“遺伝子”
私たちの脳は、子どもから大人へと発達し、やがて老化していきます。では、そのスピードやパターンは何によって決まっているのでしょうか?生活習慣?ストレス?――実はそれだけではありません。
2022年にNature Neuroscience誌に発表された、世界最大規模の国際研究チームによる論文が、脳の変化に影響を与える「遺伝子」を初めて明らかにしました。
🔬15,000人超の脳MRIとゲノム情報を解析
この研究は、40以上の世界中のコホート(研究参加者グループ)から集められた15,640人分の縦断的MRIデータと、ゲノム解析データを用いて行われました。
注目したのは、脳の15か所の構造(たとえば海馬や大脳皮質など)が年を重ねるごとにどのように変化するかという点。そして、それにどのような遺伝子が影響を与えているのかを徹底的に調べました。
🧬「脳の変化率」に関与する遺伝子を同定
研究チームは、脳の構造が変化するスピード(成長や萎縮の速度)と関連のある遺伝子を複数発見しました。
なかでも注目されたのが以下の遺伝子です。
・GPR139:側脳室の拡大に関連し、精神疾患や代謝機能とも関係。
・DACH1:白質の変化に関与し、子どもでは成長を促し、高齢者では変化を抑える役割。
・APOE:アルツハイマー病のリスク因子として知られ、海馬や扁桃体の萎縮速度に影響。
これらの遺伝子は、幼少期から老年期まで、脳の成長と退縮に異なる形で影響することがわかりました。
🧠脳の老化は「人それぞれ」。その違いはDNAに?
興味深いのは、脳の変化には大きな個人差があるという点です。たとえば、ある人は30代から急激に脳が萎縮し始める一方で、別の人は60代になっても安定している――この違いの一部が「遺伝的な設計図」によって説明できるかもしれないのです。
🧩脳の健康と病気をつなぐ“鍵”になるか?
さらに、これらの脳変化関連遺伝子の多くが、うつ病、統合失調症、アルツハイマー病、BMI(体格指数)、喫煙習慣などとも関係していることも判明しました。
つまり、「どのように脳が老いていくか」は、こころとからだの病気のリスクとも密接に関わっている可能性があるのです。
🌱未来への展望:脳の「老化予防」に活かせるか?
この研究は、私たちの脳が“どのように変化するか”を予測し、発達障害や認知症などの予防や早期介入につなげる可能性を秘めています。今後は、ライフスタイルや環境要因と遺伝子の相互作用も含めた研究が進めば、「脳の健康の個別化予防」という新たな時代が訪れるかもしれません。
Brouwer RM, Klein M, Grasby KL, et al. (2022). Genetic variants associated with longitudinal changes in brain structure across the lifespan. Nature Neuroscience, 25, 421–432. https://doi.org/10.1038/s41593-022-01042-4